Dentistry is a work of love

木下歯科医院 院長 木下 亨

  
 内村鑑三という名前を聞いて、どれほどの日本人が即座に答えられるだろうか。彼は明治から大正期にかけて活躍したキリスト教伝道者であり思想家である。新渡戸稲造とともに、日本の近代精神を形成した人物の一人だ。
 
 その内村が、大正15年の夏、避暑地として知られる長野県中軽井沢・星野温泉を訪れていた。いまでは星野リゾートとして全国展開している場所だが、当時は自然に囲まれた静かな土地だった。そこで内村は、突然激烈な歯痛に襲われる。しかし、地元の歯科医院で受けた適切な処置によって、まもなく痛みは治まったという。
 
 そのとき、内村が感謝の念を込めて残した言葉がある──
 
 “Dentistry is a work of love.”
 
 この短い一文に、医療行為の本質がある。歯科治療という医療行為も、結局のところ人間同士の信頼と共感のうえに成り立っている、ということだ。
 
 この言葉は今も軽井沢の石の教会(内村鑑三記念堂)に展示されている。単なる逸話として片づけるには惜しい示唆がある。つまり、医療というのは「技術」ではなく「倫理」から始まるということである。これは歯科医療に限らず、あらゆる対人行為に通じる原理なのだ。
現代の日本社会は、他者への共感や想像力を失いつつある。殺人、戦争、政治腐敗──こうしたニュースが日常化し、人間関係すら「コスト」と「メリット」で語られる。だが、本来「仕事(work)」とは、単なる経済活動だけではなく、人間としての徳性が問われる営為であるべきだ、と信じたい。
 
 最後に一つ、漢字の語源的な話をしておこう。「優」という字は「人が憂える」と書く。つまり、優しさとは他者の苦しみに敏感であることを意味する。そしてその「感受性」こそが人として「優」れたことなのだ。「優しさ」、それは太古の時代より人間の文明を支えてきた基本的な感情ではあるが、今まさに失われつつある倫理的基盤なのかもしれない。もう一度原点に戻って考える必要があるのではないか?

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