西荻窪に開業して32年
木下歯科医院 院長 木下 亨
私が西荻窪に歯科医院を開業してから、今年で32年になる。単に歯科医療を提供してきたという事実よりも、その過程で築かれた地域との関係性のほうが、今振り返ってみると重要だったのではないかと思う。
歯科医院というのは、しばしば「装置産業」としての側面ばかりが注目されがちだ。設備、技術、スタッフ。これらは確かに必要だが、地域において長く信頼されるためには、それだけでは足りない。むしろ、診療を通じて築かれていく患者との関係こそが、医院の価値そのものを形作っていく。
私はもともと大学で高分子化学を学び、歯科治療に必要とされる機能性を持った高分子の設計を研究をしていた。その知識は臨床の現場では直接使うことは少ないが、ふとした瞬間に、地域との関係の在り方が高分子の形成過程とよく似ていることに気づかされる。分子が結びつく「量」と「結びつき方」によって、最終的な性質はまったく変わるということだ。
医院という「場」もまた、周囲との反応と結合によって、単なる建物から一つの社会的構造体へと変質していくのだ。
外から見れば、当院は32年前とさほど変わっていないように映るかもしれない。しかし中身は違う。患者一人ひとりとの関係が累積し、地域との結びつきが構造的に強化されてきた。それは一種の「社会的機能性高分子化合物」とも言えるのではないか。
経済学者がよく言うように、制度とは時間とともに形成される「経路依存的」な構造である。医院経営も同様だ。短期的な成果を求めず、長期の視点で地域との結合を深めていくことが、持続可能性の鍵になる。私は今後も、この反応の継続に注力し、医院が「社会的インフラ」として機能し続けるよう努力していきたいと考えている。

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