幼稚園歯科健診を終えて
ー歯が語る「健康リスク」と「歴史の力」ー
幼稚園の歯科健診は、私にとってすでに30年近く続けている年中行事だ。しかし今年は、少しばかり状況が違った。樫の実幼稚園の園舎と園庭が全面的にリニューアルされ、園長も代替わりした。園の象徴でもあった95歳の園長先生が退き、そのお嬢さんが新しい園長となったのである。
何もかもが新しい体制となり、園全体が「新たなスタート」を切った。そのため、私自身も多少の戸惑いと緊張を覚えていた。しかし、実際に健診が始まってみれば、その不安は杞憂だった。100年近い歴史を持つこの幼稚園には、容易には揺るがない「歴史の重み」がある。園児たちの明るさ、職員の落ち着いた対応、そして保護者の信頼感。そうした目に見えない土台が、新体制による変化の動揺を見事に打ち消していた。健診は、例年通りスムーズに終わり、私自身もほっと胸を撫で下ろした。
だが、今年の健診で本当に注目すべきは、園のリニューアルでも代替わりでもない。「むし歯の子どもがほとんどいなかった」という事実である。これは明らかに、保護者の「仕上げ磨き」や家庭での予防意識が定着してきた成果だ。歯科医療における最大の成果は「治すこと」ではなく「病気にさせないこと」だが、ようやくその理念が現実のものとなりつつある。
しかし、歯科医として楽観はできない。むし歯が減ったことに安心していると、次にやってくるのは「歯周病」や「噛み合わせ不良」といった問題である。樫葉元園長のように95歳まで矍鑠(かくしゃく)と生きるには、自分の歯で食事ができるかどうかが決定的な分岐点になる。元園長が健康の秘訣としていたのも、まさに「歯」だった。歯を失えば、身体全体の老化が加速する。むし歯の次に目を向けるべきは「歯を一生使い続けるにはどうするか」というテーマなのだ。
一方で、最近は大人の患者が「白い歯」を求めるケースも増えている。マスク生活が終わり、他人の目線が口元に戻ってきた影響だろう。審美的なニーズは昔から存在したが、今は保険診療でも奥歯に白い材料が使える時代だ。しかし、いまだに「銀歯しか選べない」と誤解している人が多いのが現実である。金属の詰め物は硬すぎて、自分の歯が割れるリスクすらある。そういった医療的な本質を知らずに「白くしたい」と言われても、歯科医としては苦笑せざるを得ない。
お口の健康は、単なる“見た目”の問題ではない。歯は「全身のインフラ」だ。むし歯の予防が当たり前になった今、大切なのは「歯を一生使う」という視点である。園児たちの健康な歯を守るのはもちろんだが、保護者自身がその現実を直視しなければならない。健診とは、園児を診る時間であると同時に、大人たちが「歯の未来」を考える機会でもあるのだ。
新しい園舎、新しい園長。しかし「歯の大切さ」は100年前から何一つ変わっていない。その現実を、私たちは忘れるべきではない。
