コロナ禍を終えて

木下歯科医院 院長 木下 亨

 長かったコロナ禍を終えてここ西荻窪にも以前にもました活気が戻ってきたようです。幸い日本では他国に比べて被害の程度は小さかったように思いますが、ネットの中ではワクチンの被害を訴える反ワクチン派の意見もありますが、2022年(オミクロン株)から感染者と死者が激増して日本の超過死亡率は他の先進国より高くなったってきたのは気になるところです。これはワクチンが直接の原因でないということを示すものですが、では一体どうしてこのようなことが起こっているのか、日本政府(厚生労働省)の総括が待たれるところです。
 
 さて話は歯科に移ります。虫歯は感染症でないという話を以前しましたが、まだまだ世間には浸透していないようで残念です。コロナと同じように虫歯を恐れる人は現代では皆無と言えます。ではなぜ医学部に分科として眼科、耳鼻科があるのに歯科は別になっているのでしょうか?
 
 御存知のように医学には神学や法学と並んで長い歴史がありますが、一方で歯科には200年くらいの歴史しかありません。近代歯科医学の始祖はピエールフォシャール(1678-1761)というフランスの外科医で、当時まだ歯科治療が大道芸の域を出なかった頃に歯科医術という新しい分野にその第一歩を踏み入れた人です。それはこの外科医が虫歯という病気を研究室で発見したというのではなく、虫歯という病気がある日突然猖獗を極めた為に駆り出されたといった方が正確かもしれません。
 
 それは、コロナ、スペイン風邪などの恐ろしい感染症のように、不衛生な経済的に豊かでない地域の人々に蔓延するのではなく、王様、貴族、金持ちという当時の社会の上流階級や金持ちの人に限って流行するという、いわゆる下層の人々には無縁の病気だったという摩訶不思議な現象にあります。
 
 そこで宮廷お抱えの外科医の登場となるのですが、なぜ外科医かというと、虫歯のない歯を貧乏人から買って、虫歯の多い上流階級の人の歯に再植するためなのです。社交の場に虫歯の多い状態で出席するのはつらいことですよね。お金をかけてでも、是が非でも直したいという気持ちはわかるような気がしませんか?
 
 彼の残した業績は、こういう事情でヨーロッパ各国でも評価され多大な影響を与えました。その後アメリカのメリーランド州のボルチモアに世界で初めての歯科医学校できたのは1840年、また1867年にはハーバード歯科医学校ができて総合大学の一学部となりました。むし歯に苦しむ人が上流階級、金持ちの人だけではなく、広く世の中に蔓延したため、学問としての研究の対象にしなければならなくなったというわけです。ではなぜ急に、むし歯に悩む人が増え始めたのでしょうか?
 
 その一番大きな原因は、コロンブスが西インド諸島を発見し大航海時代を迎えて、グローバル化が始まったことにあります。当時の世界貿易の中心、イギリスの繁栄は砂糖から始まりタバコや綿花などの「世界商品」を新大陸のプランテーションで栽培して輸入し、それを生産するためにアフリカから黒人奴隷を買い、その対価として綿布や鉄砲などを輸出する三角貿易にありました。特に砂糖は世界商品としてその後、生産量は飛躍的に伸びていきます。また世界商品としてコモディティー化することで庶民にも行き渡るようになり労働力を提供する庶民のエネルギー補給という面で産業革命に拍車をかけたと言えましょう。
 
また、砂糖だけではなく、「黒人奴隷」という世界商品も大きな役割を果たしました。新大陸での過酷な労働に絶望して、奴隷船の中で自殺を図るものも多く出るため特殊な開口器を装着して新天地に運ばれたようです。むし歯が黒いのも、放置しておけば七転八倒の痛みが待っているのも、また決して治ることがないのも、遠い昔、富と繁栄を謳歌し、贅沢の限りを尽くした人々の陰で苦しんでいった「黒人の恨み」なのかもしれません。

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